流木のいえ    /石川えりこ




流木のいえ    石川えりこ

小学館2016年2月26日初版発行

 1980年代にコミックモーニングで「ハートカクテル」という漫画が連載されたことがありました。
わたせせいぞう氏のフルカラーショートストーリーコミックです。
さわやかな絵とお洒落なストーリーで人気がありブームにすらなりました。
大型の豪華本が発売され並んで購入したものです。

バブル華やかなりし頃、
「ハートカクテル」の大型本を本棚に置くだけで部屋が華やぎました。

 

あの涼やかさを想い出させる一冊をご紹介します。

流木のいえ」のあらすじ

海のそばに暮らす絵描きの物語。

絵描きは絵を描く合い間に、浜辺の流木を拾い持ち帰り、丁寧にお世話をしていきます。

すると、流木たちがそれぞれの思い出を絵描きに語りはじめます。

繊細な色遣いのやさしい絵と、詩的な言葉でつづられたファンタジー。

わたせせいぞう氏の「ハートカクテル」が都会のロマンチックストーリーなら、こちらは自然相手のロマンチックストーリー。

説教くさい創られた物語が多い近年に珍しいと思い、ページを捲っていきました。

ひとつひとつの流木に生い立ちがあります。

月と猫のサブキャラが詩情を深めていきます。

しっとりと、月夜の海辺の家に想いを馳せつつ本を閉じようとすると、

絵本は、心から心へ届けるものだという証しのように作者のあとがきが添えられていました。

小さなころに出会った絵本や物語たちへ

小さなころに出会った絵本や物語たちへ

そして私に描きつづけることを教えてくれた絵かきたちへ。

こころから感謝をこめて。(作者あとがき)

1955年に福岡で生まれた石川えりこ氏は、画家であった祖父の影響で絵を描き始めたといいます。

「流木の家」が発刊された翌年のある雑誌の取材でこう答えていました。
 「小さなころ、誕生日や父のお給料日には必ず街の本屋さんへ連れて行ってもらい、本を一冊買ってもらいました。(中略)そうやって私の本棚には、【とくべつな本】が一冊ずつ増えていきました。」

絵描きの祖父と本屋へ連れて行ってくれた父、この二人を合わせたような方が、この絵本の主人公なのかもしれません。

そう思っていました……が、

「流木のいえ」のモデルは田島征三氏?

どうやら、この絵本のモデルとなったのは同じ絵本作家の田島征三氏ということです。

どうやら田島征三氏が新潟県のある村の廃校になった小学校を美術館にするとき、石川えりこ氏はお手伝いをしたらしいのです。

その際、海に流れ着いた流木などで何かを創り出す作業をしていたとか……。

自然をモチーフとした力強い作品をたくさん発表してきた田島征三氏らしいエピソードです。

絵本作家が絵本のモデルになるなん、何て素敵な話なのでしょう。

でも、きっとお祖父さんやお父さんのエッセンスも盛り込まれているのではないでしょうか。

素敵な出逢いの結晶ともいえる作品です。

学校はカラッポにならない

その廃校(新潟県十日町市立真田小学校)を舞台にした作品がこちら。

「トペラトト」は田島征三氏の絵本でおなじみのお化け。

子どもたちのおしゃべりや笑い声が大好物で何十年も真田小学校に棲んでいましたが、廃校になった小学校はカラッポ。

子どもたちの姿が消えて寂しい日々をすごしていました。

そんなある日、カラッポの校舎に最後の生徒だったユウキとユカとケンタが戻ってきます。

やがて小学校は……

学校がそのまま作品になる「空間絵本」という世界初のアートの誕生です。

2009年の第4回大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレの一環として田島征三氏が取り組んだ作品です。

廃校を利用した成功例として注目を集めています。

縁は開館を手伝った石川えりこ氏へ、そして「流木のいえ」が生まれたのでしょう。

さらに「流木のいえ」の読者へと拡がるのはいうまでもありません。

木は伐られてからも木であったときと同じ年月を生きる

木が流木となってどれだけの歳月を過ごしたかはわかりません。

けれど、木が木として野山にすっくと立っていた年月は年輪で推し量ることができます。

年輪には、木が木として過ごした時間、森の歴史も刻まれています。

風雪に晒され、ねじ曲がらざるを得なかった事情もあるでしょう。

折れてしまったいきさつは悔しい思い出かもしれません。

花満ちる春には多くの人が木の下に憩い、秋には木漏れ日の紅葉狩りの人、実りを拝借する鳥やリスたちで賑やかだったことでしょう。

森がカラッポだったことはありません。

木は、伐られてからも森で生きた年月だけ生きるといわれています。

浜辺に出かけてみませんか?

もしかしたら、ひょんな出逢いで拾い上げた流木が、あなたに何かを語ってくれるかも知れません。

絵本はこころからこころへ届く

絵本は、心から心へ届けるもの、改めてそう思いました。

素晴らしい一冊に巡り合えたことに感謝し、誰かに贈りたくなった次第です。

「流木のいえ」

「学校はカラッポにならない」

ITデータ化の進んだ現代にあって、何のツールも介さず直接こころに響いてくる作品です。

後世に語り継がれるのは間違いないでしょう。

石川えりこプロフィール

石川えりこ1955年福岡生まれ 横浜市在住

九州造形短大デザイン科卒業

卒業後、研究生として絵本制作を学ぶ。

炭鉱町で育った幼少期の体験をもとに描いた『ボタ山であそんだころ』(福音館書店)にて、2015年に第46回講談社出版文化賞を受賞。

日本相撲協会ポスター4本シリーズ、九州全県観光ポスター7県シリーズなども手掛ける

「こくん」「またおこられてん」「さむがりやのいぬくん」「ほんやねこ」など著書多数。

田島征三プロフィール

1940年生まれの絵本作家、美術家。

同じ絵本作家の田島征彦は双子の兄弟だが、苗字の読みは征三が「たしま」、征彦が「たじま」となっている。

土佐高校卒業後、多摩美術大学図案科を卒業。
1969年、東京都西多摩郡日の出町でヤギや鶏を飼い、自然と接するかたわら創作活動。

ちからたろう』で第2回世界絵本原画展「金のりんご賞」受賞。

1992年に出版したエッセイ集『絵の中のぼくの村』が1996年に映画化され、ベルリン国際映画祭で銀熊賞受賞。

「ちからたろう」「ふるやのもり」「しばてん」「おじぞうさん」「猫は生きている」など著書多数

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